2014年11月

        

優しさに助けられています

category - 本音・ひとりごと
2014/ 11/ 27
                 
相続手続きの合間に喪中はがきを作成し

先週半ばに投函しました

翌々日の旧友からのメールを皮切りに

私の心身を気にかけてくれる旧友、旧知から

電話やメールをいただいています

ブログからもメッセージいただいてます

近しい友人はもちろんですが

おちびが小1の頃

遠足に行きたくなくて脱走・行方不明になったとき

なにも言わず探し始めてくれた人たち

子供の病気に 両親の介護

気遣ってくれる人たち

自分のことのように涙を流してくれた人たち

そして今回・・・

人ってあったかいですね

みんなありがとう


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命の尊さを教えていってくれました

category - 本音・ひとりごと
2014/ 11/ 23
                 
約1ヶ月前の10月19日日曜日
突然、父がこの世からいなくなってしまいました

とても天気のいい日で
午前中に自宅セミナーを終え
お昼を食べて
Facebookでアミカス祭のセミナー内容をやり取りしていました

ゆっくり時間が流れていた午後2時半過ぎ
父のケアマネから電話が入りました

着信を見た瞬間、『やらかした』と思いました

この『やらかした』のというは
父は1年ほど前から
認知症が進み、身体機能もかなり低下していたので
『転倒して骨折した』レベルのものでした

だけどケアマネからの第一声は
「武田さん、心肺停止です」

えっ...

家が大好きで、家にいることを望んで一人暮らしをしていた父
私の中での父の今後は
一人で来福で出来るのは、あと1年程度
大動脈瘤の術後経過や頸部の血管の梗塞の状態も変わりなく
田舎の病院に紹介状を書いてもらわないと
きっと転倒して、入院
その後施設入所
周りの方々に迷惑をかけ、助けていただきながら
あと数年はいてくれるものと考えていました


続けて
「救急車で運ばれましたが、時間が経っているみたいで、難しいと思われます」

何故かそこで急に冷静になった私

わかりましたと、電話を切り
兄に連絡をし、母にできるだけ驚かせないように配慮しながら伝え
飛行機の空席を調べ
自分と子供たちの喪服他の準備

3時過ぎに病院の担当医より電話
「20分蘇生処置をしていますが、戻ってこられません
 娘さん何時に着きますか?」

飛行機が取れなかったため、夜中のフェリーに乗るので、朝5時近くになる旨を伝えると
「それまで続けても構いませんが、戻ってこない場合、ご遺体が傷つきます
 どうしますか?」

やめていただきました...

そこから一時の間、
病院や田舎の伯父とのやりとり
東京の伯父を始め親戚に...
九チャプ代表に...
会社に...
あそこもここも連絡しなきゃ...
あれも、これも持っていかないと...
考えるものの
右往左往するばかりで、荷物は全然まとまらなかったように思います

実家に着いたのは翌朝5時前

「寝ているかと思った」
発見してくださったヘルパーさんが言っていたと聞いていましたが
横たわる父は本当に眠っているようで
おちびが泣きながら
「おじいちゃん、起きて!起きて!」
とすがっても、やっぱり、起きてはくれませんでした

原因は痰がからんでの窒息死
発見時、テレビがついたまま
座椅子に座ったままだったそうです

亡くなった日の午前中11時過ぎ
父の従姉は、惣菜を買いに出ていた父と会っており
そのとき鼻水がやたら出ていたと

お惣菜を2種類買い
夕食に食べようと思ったのでしょう
半分ずつ残してあり
ご飯も昼に1度に炊いて夕食用に1膳
お茶碗についでビニールがかけてありました
使った食器や炊飯ジャーは綺麗に洗ってあり
食後に使ったであろう爪楊枝が
父が座っていた座椅子の前のこたつの上に残っていました

おなかがいっぱいになってうとうとしたまま逝ってしまったようです
みんな
「すぐにブラックアウト状態になっただろうから苦しんでないよ」
といいます

でも...
ほんとにそうだったのでしょうか
確かに聞く限り、苦しんでもがいた様子もなく
「寝ているかと思った」
と言うほど安らかな顔だったのでしょうが
残っている人間がそう思いたいだけなのでは?

死の直前まで
ふだんどおりの生活を送っていたようですので
苦しんでいないことを
只々
願うばかりです


その後は葬儀の打合せからあわただしく時間が過ぎていきましたが
死装束を着せるとき、おちびは私の背中に頭をすりつけて泣いて泣いて・・・

「KOちゃんも着せてあげりぃ」と声を掛けても

悲しくて、悲しくて...
悲しすぎてなにも出来ないという感じでした

小さい頃の私と、小さい頃のおちびはよく似ていて
父の来福時は、二人で散歩に行っては
私があまり与えない炭酸ジュースを買ってもらったり
学校の長期の休みに重なった時は、お昼に寿司を食べに行ったりと
父は、おちびをとてもかわいがり
おちびもおじいちゃんが大好きでした


死装束は泣きながらの長男と二人で着せ、納棺
自宅から、葬儀場へ

実のところ長男もおちびも悲しむのかな?と疑問がありました
昔は、自分のおじいちゃんやおばあちゃんはもちろんのこと
近くに住む親戚のおじちゃん、おばちゃん
親戚でなくても近所のかわいがってくれたおじいちゃん、おばあちゃん達が
身をもって『命の尊さ』を教えていってくれましたが
今の子供たちは、テレビやバーチャルな世界では
人が死んでも生き返ってくる為
『死』の意味を理解しているのかが疑問だったのです
しかしながら、きちんと理解しており
今回、現実として納得したようです
父もまた子供たちに身をもって教えていってくれました

私はと言うと
動けない喪主の母の代わりや介助
いつまで経っても帰ってこない兄の代役
前倒しの初七日に忌明け
実家にいる間に悲しむ間はありませんでした

福岡に戻ってからも
2~3日は、おちびの学校行事が立て続けに入っていたり
病院受診が有りバタバタとしていたのですが
1週間過ぎた頃から経験したことのない悲しみが襲ってきて
かなり不安定な状況に陥りました
親がいなくなるということは こんなに悲しいものなんですね
最近は、少し安定してきていますが
悲しみは癒えません

昨日、喪中はがきが届いたと、旧友がわざわざメールをくれました
その中に『偲ぶ時間も必要』とありました

連絡を受けてから、忌明けまで悲しめなかった分
今は、あるがまま
悲しんでいこうと思います


人として一番悲しい出来事だと思われる『死』ですが
備忘録としても残しておきたくて、あえて書いています
今後も時々、このような内容を書いていくかもしれません
お付合いしてくださった方々
また1ヶ月以上更新していないのにご訪問いただいた方々
ありがとうございます



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