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親として

category - 適応障害・発達障害・不登校
2012/ 09/ 20
                 
懸念していた遺伝性の病気

おちびが発症してしまった

私の父、兄が同じ病気

発見、治療が遅くなればなる分だけ、症状が悪化し難治性となるらしい

もしかしたら、もっと前に発症していて気づかなかったのかも・・・

そんな思いはあるが、兄を見ていたから
症状を目の当たりにしてからの対応は早かったと思う

兄は、発見が早かったのか、年齢依存性のものだったのか
10年の薬物治療を経て完治した

兄の場合、発見が小学校3年

私が、異常に気づいたが、島の病院では分からず、1年が経過

2年目に親戚の医者の紹介で福岡の大学病院へ
(内科医で糖尿病の権威らしく、いい先生を紹介してもらえた様)

当初は、何度も福岡へ足を運んだ
それも小さかった私を置いてはいけず、家族全員で

薬物治療で、症状が安定し始めてから、検査の間隔は少しずつ開いたが
今のように予約がコンピュター管理ではなかったせいか
母は、診察の1週間前の夕方の船で、福岡へ渡り1泊

翌朝の5時に、予約を取りに病院へ

その足で帰省

1週間後に、また福岡に渡り受診

そんな生活が10年

島からの通院は、莫大な費用もかかっただろう

両親のとてつもない『愛』を感じる

両親が兄にしたように、今度は私がしっかり病気を受止め
向き合っていこうと思う



この病気は、長男に出るのではないかとずっと懸念していたが
長男が受け継いだのは、私の体質

そのおかげで、起立性調節障害(以下OD)を発症
『起立性調節障害を診断するための参考症状に
 家族、特に母親に同様の症状のある人がいる』
とある


長男がODを発症し、この病気を知るにしたがって分かってきたことだけど
私は、いつ発症したかわからないが、今もこのOD
痛みがひどくなかったり、死に至る病気じゃないと、何とかさなるさと
楽観的なので病院受診はしていません(^_^;


長男は、5月から境界線不登校
6月から、症状が思ったより進み、完全不登校となったけど
2学期からは、週に2~3日の境界線不登校に戻っている

スクールカウンセラーからのカウンセリングを受けながらの
不安定な状況だけど、6、7月に比べれば、症状もだけど
私の気持ちも、かなり楽

このまま、長いトンネルを抜け出てくれればと願うばかり


いいとこばかりを受継いでくれればいいのに、そうもいかない
それでも二人とも、丸ごと全部、私の宝物



だらだらと書き連ねてしまったし
ちょっと、重い内容になってしまいました
お付き合いありがとうございました

よかったこともありましたよ
この病気のため、受診した病院の先生が、
いい先生が見つからなかった、おちびの機能障害の方の専門の先生も紹介してくれると






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